大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6301号 判決

原告

株式会社日栄石油

右代表者代表取締役

滝沢富次

右訴訟代理人弁護士

正田昌孝

被告

新本博国

新本愛順

有限会社パリス

右代表者代表取締役

新本愛順

被告ら訴訟代理人弁護士

妹尾修一朗

主文

被告らは、各自、原告に対し、六五万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年五月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、九五万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年五月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1について仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  原告は、石油類の販売を目的とする会社である。

(二)  被告有限会社パリス(以下、被告会社という。)は、東京都新宿区歌舞伎町において特殊公衆浴場「深海魚」(以下、本件店舗ということがある。)を経営する会社であり、被告新本博国(以下、被告博国という。)はその取締役、被告新本愛順(以下、被告愛順という。)はその代表取締役である。

2(一)  原告は、被告会社に対し、代金は毎月末日締切分を翌月二〇日限り原告に持参又は送金して支払う約定で、昭和五九月二月一日から同年四月一六日までの間に、A重油合計一万五〇〇〇リットル(以下、本件重油という。)を代金合計九五万一〇〇〇円で売り渡した。

(二)  仮に本件重油の買主が被告会社でなく横山一郎(以下、横山という。)であつたとしても、被告会社は、昭和五九年二月一日ころから同年四月一六日ころにかけて、横山に対し、本件店舗において「深海魚」の商号を使用して特殊公衆浴場を経営することを許諾し、横山は、「深海魚」の商号で本件店舗において特殊公衆浴場を経営して、原告に対し、本件店舗において使用する本件重油の納入を注文し、原告は、「深海魚」を被告会社が経営していると誤認してこれを納入したものであるから、被告会社は、商法二三条により右売掛代金を支払う義務がある。

3  被告会社は、昭和五六年一〇月三〇日に設立登記され、形式的には法人格を備えているところ、被告博国及び同愛順は遅くとも昭和五八年一二月にその経営権を取得し、被告博国が取締役に、被告愛順が代表取締役に就任して、同月一二日それらの登記を経由しているが、その実体は被告博国及び同愛順両名のいわゆる個人企業であつて、法人の実体を全く有しないものである。

すなわち、被告博国と被告愛順は夫婦であつて、右被告両名は、被告会社の取締役就任後、その業務一切を各々の意思のみに基づいて個々に行つており、社員総会が開催されたり、取締役の過半数を以て意思決定がなされた形跡は全くない。例えば、被告愛順は、昭和五九年三月一日、被告会社が「深海魚」の商号で特殊公衆浴場を経営していた本件店舗を自己の名で横山に賃貸しており、また、被告博国は、原告が被告会社(商号「深海魚」)に対して継続的に供給した重油の代金のうち昭和五八年一二月及び昭和五九年一月分を自己振出の小切手(額面七五万六〇〇〇円)で支払うなど、被告会社の会社財産と右被告両名の個人財産とを全く混同しており、法律で定められた有限会社の意思決定、業務執行の手続を何ら履践していない。

このように、被告会社は、被告博国及び同愛順の個人企業であつて、その法人格は形骸にすぎないから、法人格否認の法理により、被告博国及び同愛順は、各自前記2(一)の売掛代金の支払義務がある。

よつて、原告は、被告らに対し、各自、前記売掛代金九五万一〇〇〇円及びこれに対する最終弁済期の翌日である昭和五九年五月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前の抗弁

原告は、当初被告博国及び同愛順を相手取つて(昭和五九年(ワ)第一二九九九号事件。以下、甲事件という。)を提起し、その後被告会社を相手取つて訴(昭和六一年(ワ)第六三〇一号事件。以下、乙事件という。)を提起したが、被告博国及び同愛順に対する請求の原因は被告会社の法人格を否認したうえで成り立つものである。

(一)  したがつて、右の両訴(以下、本件両訴という。)は、二重起訴に当たるものであつて、許されない。

(二)  仮に二重起訴にならないとしても、本件両訴の併合は、訴の主観的予備的併合であるから、被告博国及び同愛順に対する訴は、不適法であり、許されない。

三  本案前の抗弁に対する原告の主張

(一)  本案前の抗弁(一)に対し

被告が異なるから、本件両訴は二重起訴に当たらない。

(二)  本案前の抗弁(二)に対し

いわゆる法人格否認の法理が適用される場合には、法人とその背後に存在する実体たる個人とは同一債務について併存的、連帯的に責任を負うのであるから、本件両訴の併合態様は、主観的予備的併合ではない。

四  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1(一)の事実は認める。

2  請求の原因1(二)、2(一)及び3の各事実はいずれも否認する。

3  請求の原因2(二)のうち、横山が本件店舗において「深海魚」の商号で特殊公衆浴場を経営していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

五  抗弁

1  重大な過失

本件は、相当長期間に及ぶ反復して石油を納入する継続的取引であり、かつ又、本件の如き特殊公衆浴場では、その名称、商号が同じであつてもその経営者が短期間に度々交代することが多い、いわゆる水商売の業種であること、したがつて名称が同じだからといつて経営者すなわち注文者(買主)が同一人であるとは限らず、その交替を常に留意すべきであることは、石油販売業者である原告が熟知しているところである。そして、横山が従来の買主とは別の人物であることは、度々の注文、納品において一見して容易に分かる状態にあつたから、原告は、真実の注文者が何人であるかを横山に聞く等一寸とした注意をすれば容易に知り得たはずである。それにもかかわらず、原告が横山を被告会社と誤認したとすれば、原告にはその点について重大な過失がある。

2  消滅時効

(一) 本件債権は、石油販売業者が売却した商品の代価にかかるものであり、昭和五九年二月納入分の支払期日は同年三月二〇日、同月納入分の支払期日は同年四月二〇日、同月納人分は同年五月二〇日であつて、被告会社に対する本訴の提起は、右のいずれの支払期日からも既に二年を経過した後のものである。

(二) 被告会社の消滅時効完成の効果は、被告博国及び同愛順にも及ぶ。

(三) そこで、被告らは、本訴において右時効を援用する。

3  弁済

横山は、昭和五九年七月二五日、原告に対し、本件重油代金のうち三〇万円を送金して支払つた。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、原告が石油販売業者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

2  抗弁2(一)及び(三)の事実は認める。

3  抗弁3のうち、横山が原告に対し三〇万円を送金したことは認めるが、その余の事実は否認する。

七  再抗弁―消滅時効の抗弁に対し

原告は被告博国及び同愛順に対する訴のみで目的を達することができると確信していたが、被告博国は、昭和六一年二月二一日の本件和解期日の席上、一旦は原告が譲歩した金額で和解を成立させることを承諾し、次回期日にその金額を支払つて和解調書を作成することに同意したが、特殊公衆浴場営業の許可が被告会社に出されていることを思い出し、「和解金は支払うが、訴は被告会社にせよ。」といつて、その点についての裁判所の説得をも聞き入れようとせず、遂には原告代理人に対して大声を上げるなどした。このように、訴訟上の和解交渉の過程で被告博国及び同愛順側が被告会社に対する別訴の提起を和解成立の条件として提示したため、原告は、不本意ながら被告会社に対する訴を提起したものである。ところが、被告らは、自ら要求した被告会社に対する訴について消滅時効を主張するのであつて、そのような主張は、信義則に違反するものとして到底許されないというべきである。

八  再抗弁に対する認否

再抗弁のうち、被告博国が被告会社宛に訴が提起されるのであれば和解について検討する旨の発言をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告会社の代表者は被告愛順であつて被告博国ではなく、したがつて、被告博国は、被告愛順の同意なしに和解を確約し得る立場にない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告会社は、原告が被告会社の法人格を否認して被告博国及び同愛順に対して被告会社のした行為の責任を訴求する以上、乙事件の提起は二重起訴に当たる旨主張し、被告博国及び同愛順は、仮に本件両訴が二重起訴に当たらないとしても、甲事件が右の理由によるものである以上、乙事件を甲事件に併合することは主観的予備的併合になる旨主張する。しかし、原告は、法人格否認の法理が適用される場合には、法人とその背後に存在する実体たる個人とは同一債務について併存的、連帯的に責任を負うとして本件両訴を提起し、その併合を求めており、理論的にも、法人格否認の法理は、一定の要件の下に法人の行為を相対的に否認して法人の背後に存在する実体たる個人にも法人のした行為について責任を負わせるものであるから、被告らの右主張は、いずれも失当というべきである。

二請求の原因1の(一)の事実については、当事者間に争いがない。

三横山が本件店舗において特殊公衆浴場「深海魚」を経営したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告会社は、昭和五六年一〇月二八日ころ、加納尊之ほか一名によつて特殊公衆浴場の経営等を目的として設立され、同月三〇日その旨の登記を了したこと、被告会社は、橋塚商事から本件店舗を賃借し、昭和五七年一二月一三日、東京都新宿区新宿保健所長から「深海魚」の名称(商号)で特殊公衆浴場営業許可を受け、本件店舗で特殊公衆浴場「深海魚」を経営していたこと、被告博国及び同愛順は、昭和五八年一二月一日ころ、被告会社の経営権を取得して被告愛順が代表取締役に、被告博国が取締役に就任し、被告会社は、引き続き本件店舗において右「深海魚」を経営していたこと、被告愛順が昭和五九年三月一日横山に本件店舗を賃貸したので、被告会社は、右「深海魚」の経営から手を引いたこと、原告は、被告博国及び同愛順が被告会社の経営権を取得する以前から被告会社に対して重油を納入していたが、昭和五八年一二月に入つてから被告会社の経営者が被告博国になったことを知り、原告の従業員松崎悦男(以下、松崎という。)がその直後ころ被告博国に会つてそのことを確認したこと、被告博国は、昭和五九年三月二日、原告に対し、原告が「深海魚」に納入した昭和五八年一二月分及び昭和五九年一月分の重油代金合計七五万六〇〇〇円の支払のため小切手を振出しこれを交付していること、原告は、代金は毎月末日締切分を翌月二〇日限り支払う約定で、同年二月一日から同年四月一六日までの間に、「深海魚」に対し、本件重油を代金合計九五万一〇〇〇円で売り渡したこと、ところが、被告会社が同年二月分の重油七〇〇〇リットルの代金四四万一〇〇〇円を支払わなかつたので、松崎が同年四月中ころ被告博国に対してその請求をしたところ、被告博国は、同年二月分の請求書は受け取つたが、同年三月分の請求書の受領を拒み、松崎に対し、本件店舗は横山に貸したので、同月分からは代金は横山から支払を受けるように、同年二月分の代金は横山に預けたので、横山から受け取るように述べたことを認めることができ、右認定に反する被告博国本人の供述部分は信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実を総合すれば、原告は、昭和五九年二月一日から同月末までの間に、被告会社に対し、弁済期・同年三月二〇日の約定の下にA重油七〇〇〇リットルを代金四四万一〇〇〇円で売り渡したことを推認することができる。

原告は、昭和五九年三月から同年四月一六日までの間に被告会社に対してA重油八〇〇〇リットルを代金合計五一万円で売り渡した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。却つて、右の事実によれば、右重油の買主は横山であることを認めることができる。

四しかしながら、前記三の事実及び〈証拠〉により認められる、横山は、前記賃借後、本件店舗において特殊公衆浴場「深海魚」を経営した(横山が本件店舗において右「深海魚」を経営したことについては、当事者間に争いがない。)が、看板はそのままであり、従業員も引き継いだりしたため、外見的には経営者が交替したことは分からなかつた事実、及び、被告会社の代表者である被告愛順は、前記賃貸後、横山が本件店舗において「深海魚」の看板を掲げて特殊公衆浴場を経営していることを知りながら、それを放置していた事実を総合すれば、被告会社は、昭和五九年三月一日から同年四月一六日ころにかけて横山に対し本件店舗を賃貸し、横山が本件店舗において被告会社の商号である「深海魚」を使用して被告会社が同年二月末まで本件店舗で経営していたのと全く同一の業種である特殊公衆浴場を経営することを暗黙のうちに許諾し、横山又はその従業員は、数回にわたり、原告に対し、「深海魚」の商号を用いて本件店舗で使用するA重油合計八〇〇〇リットルを注文し、原告は、「深海魚」を被告会社が経営するものと誤認して右重油を代金は毎月末日締切分を翌月二〇日に支払う約定の下に代金五一万円で売り渡したことを推認することができ、右推認に反する被告博国本人及び同愛順本人兼被告会社代表者の各供述部分はともに信用できないし、他に右推認を左右するに足りる証拠はない。

被告らは、原告が横山を被告会社と誤認したことについて原告に重大な過失があつた旨主張し、被告愛順本人兼被告会社代表者の供述中には右主張に沿う部分があるが、右供述部分は前記証言に照らして信用できないし、甲第九号証はいまだ右主張事実を認めるに足りるものとはいえないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。却つて〈証拠〉によれば、原告は、被告会社が経営していると思つていた「深海魚」から注文を受けると、原告の従業員がタンクローリーを運転して本件店舗に赴き、右タンクローリーから本件店舗の貯油設備に給油し、「深海魚」の従業員から受領書にサインをしてもらうという簡易かつ慣行化した方法でA重油を納入していたこと、右サイン中には、被告会社が「深海魚」を経営していた当時からの従業員のものが相当数入つていたこと、原告は、昭和五九年四月中ころ、被告博国から、代金の請求は横山にするようにいわれ、横山にその点を確認すべく横山と接触を図つたが、果たせなかつたので、直ちに「深海魚」に重油を納入することを中止したことを認めることができ、右事実によれば、原告は、「深海魚」の経営が被告会社から横山に替つたことを容易には知る得る状況になかつたことを認めることができる。したがつて、被告らの右主張は、理由がないといわなければならない。

そうとすると、被告会社は、商法二三条により、原告に対し、横山と連帯して右五一万円の買掛金債務を履行する義務がある。

五〈証拠〉によれば、被告会社は、資本の総額が二〇〇万円の有限会社であること、被告会社の定款によると被告会社の取締役は一名となつているが、現実には夫婦である被告博国及び同愛順の二名が就任していること、社員は、被告博国又は被告愛順のどちらか一名と思われること、昭和五八年一二月当時の被告会社の主たる業務は、本件店舗及び神奈川県横浜市神奈川区鶴屋町にある店舗における特殊公衆浴場の経営であつたが、昭和五九年二月時点では両店舗とも賃貸していたこと、被告愛順は、右店舗等からの収入を被告会社のものと被告博国ないし被告愛順のものとを区別していなかつたことを認めることができる。

右に認定した事実に前記三の当事者間に争いのない事実及び認定した事実を併せ考えると、昭和五九年二月ないし四月当時、被告会社と被告博国ないし被告愛順個人との業務活動上及び財産上の区別がなく、被告会社即被告博国ないし被告愛順個人であることを推認することができるから、右時点における被告会社の法人格は全くの形骸にすぎないというべく、したがつて、被告会社の背後に存在する実体たる被告博国及び同愛順は、被告会社の原告に対する前記三及び四の買掛金債務を被告会社と連帯して履行する責任があるといわなければならない。

六抗弁2の(一)及び(三)の各事実については、当事者間に争いがない。

被告博国が被告会社宛に訴が提起されるのであれば和解について検討する旨の発言をしたことは被告らにおいて自認するところであり、松崎が昭和五九年四月中ころ被告博国から本件重油代金は横山から受領するようにいわれて横山を探したことは前記認定のとおりである。そして、〈証拠〉によれば、松崎は、同年五月ころ、横山と会うことができ、本件重油代金支払を請求したが、横山は、そのうちの二月分を被告博国から預つていない、それは被告博国から払つてもらつてくれといつていたこと、原告代理人弁護士正田昌孝(以下、正田という。)が同年七月ころ横山に対し本件重油代金の支払を請求したところ、横山は、右正田に対し、本件重油代金九五万一〇〇〇円を、同月二五日に三〇万円、同年八月二五日に三〇万円、同年九月二五日に三五万一〇〇〇円に分割して支払うことを約したことを認めることができ、本件訴訟記録及び弁論の全趣旨によれば、甲事件の昭和六一年二月七日及び同月二一日の口頭弁論期日に原告訴訟代理人正田と被告博国及び同愛順訴訟代理人弁護士妹尾修一朗(以下、妹尾という。)間で和解の交渉が行われたことが明らかであり、甲事件の同年四月一七日及び同月二五日の口頭弁論期日に被告博国が妹尾とともに出頭して五〇万円を支払つて訴訟上の和解を成立させることを原則的に了解する旨述べたが、甲事件の訴を取り下げて被告会社に対する訴にすることを条件としたため、正田は、甲事件の同年五月一六日の口頭弁論期日において当裁判所に対し当事者変更申立書を提出したこと、しかし、妹尾がそれに同意しなかつたこともあり、当裁判所は妹尾の了解の下に正田に対し被告会社に対する訴を提起することを検討するように促したこと、正田は、同月二二日、当庁に対し、被告会社に対する訴(乙事件)を提起し、乙事件は当庁民事第一二部に配転されたこと、そこで、正田が乙事件を甲事件に併合することを求める上申書を提出したので、乙事件は当裁判所に配転換えになつたこと、乙事件について被告会社は妹尾に和解を含む訴訟行為の委任をしたこと、正田は甲・乙各事件の同年六月二〇日の口頭弁論期日に先立つて当裁判所に対し甲事件の訴の取下書を提出したが、当裁判所は、正田の要望もあつて乙事件について訴訟上の和解が成立するまでその処理を留保したこと、ところが、右口頭弁論期日に被告博国は出頭せず、その後数回開かれた甲・乙各事件の口頭弁論期日には被告愛順本人兼被告会社代表者が妹尾とともに出頭して和解の意思が全くないことを表明するに至つたこと、妹尾は、甲・乙両事件の同年一二月二日の口頭弁論期日において陳述した被告らの同日付準備書面において右消滅時効の抗弁を提出したことは、当裁判所に顕著な事実である。これらの事実によれば、被告らの右消滅時効の援用は、民事訴訟における信義則に反し、許されないといわざるを得ない。

七横山が原告に対して三〇万円を送金したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右送金は前記横山が正田に対して約した分割金の第一回の支払であることを認めることができる。

八以上の事実によれば、原告の被告らに対する本訴請求のうち、被告らに対し、各自、六五万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年五月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官並木 茂)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例